2003

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年があけると横浜アリーナの追加公演が具体的に見えてきた(当初より「横浜公演」ってタイトルが出てたんだけど)、日程も3月15日に決定し東京ドームで行われていたbon joviの公演で追加公演のチラシが配られていた。
Stonesの日程と思い切り被りながら、交互に武道館、横浜を使うようなスケジュールで、両方のファンから怒号が聞こえウドーのBBSはますます荒れていった。
武道館のチケットも発券されその席番の悪さに悪態をついて吼えるもの、悲喜こもごもでチケットの価格設定にまで話は及んでいった。
そのせいかStonesの武道館公演はSS席で22,000円という破格の値段設定がされた。一方KISSの方も正式にギタリストがトミー・セイヤーと決り、ACEファンの落胆がより一層深くなっていった。(その中ウドーのサイトにあるBBSは静かに閉じてしまった)
来日まで1ヶ月という時期でありながら、ツアーの全貌はまるで見えずで、ツアータイトルもあるようなないようなの状態で、とりあえず自分勝手にROCK'N ROLL PARTY in TOKYOと記載していたけど、横アリも出てしまったのでSPECIAL LIVEとお茶を濁した。

全てのチケットが手元に来たんだが、アリーナは12日の一日だけ・・・ちょっとヘコみながら運命と諦め来たチケットで行く気になるが、友人のチケット購入を見ていて自分も火が点いて横アリは買い直す事にした。(センター55列だったもので)
オークションでこれまた友人が34列を出していたので、出品を取り下げてもらって直購入にさせてもらった。
そんな中13日もアリーナ連番が余っているのを聞き、これまた購入・・・余りチケットの行方が決らないまま3枚の余りを出してしまった。
それも13日は東2階スタンドのM列・・・売れねぇ・・・・(T-T)。横アリもセンターながら55列と哀しくなる状況。最悪3枚宙に浮くことも考えつつ、何とか納まりがついてきたので、落ち着いて来日を待つ事とした。
その後、横アリは16列があるという事でさらに前に取り替えて貰えて、いよいよ来週が日本公演だ!という段でKISS ONLINEから何やらメールが・・・。
この頃は本当に忙しくてメールチェックもままならぬ状況で、見るとTicket Winnerになってはいるが、24時間以内に返信しなければならんという内容だった。
ん?もうまる一日経ってしまってるぞ・・・もうダメ??。諦め半分で返信を何通か行い状況を見守ることに・・・
翌日再度メールが・・・どうやら間に合った様子・・・でも何言ってるか微妙に判らない・・・(^_^;;、知り合いに頼んでしっかり訳してもらったら大体読み取れた内容に間違いは無かったんだけど、受け取り方法が微妙に判り難い。どうにかなるか・・・さて、いよいよ来日です。


武道館3連荘を休む為に極力スムーズに休めれば・・・と思い、初日は宿直明けに充てた。これで初日は確実に帰宅となる・・・。
その後2日を休めばOKで・・・とまでは良かったが連日のオールナイト状態でカナリへとへとになった一週間となった。
今回は東京、横浜だけとあり各地の仲間も可能な限り武道館へ足を運んだという事もあり、ゲストを迎えるが如く毎日宴会、スタジオオフと寝る間を惜しんで動いていた。
11日:宿直明け、帰宅、友人を迎えに出掛け武道館入り、ライヴ、飲み会、朝までスタジオオフ。
12日:ライヴ、飲み会
13日:昼間スタジオオフ、KISS SHOP「BLACK DIAMOND」さんに皆で行きその後武道館入り、ライヴ、飲み会
15日:BLACK DIAMONDさんに寄った後、横浜アリーナへ、ライヴ、飲み会、そのまま朝までスタジオオフ
思い起こせば12日は疲れに疲れてライヴとちょっとした飲み会程度だったものの、13日のスケジュールが異常。(^_^;;会場であった友人達に「すげー疲れてる顔してるよ」と口々に言われたものだったが、無理もない動き方していた。(朝〜昼間って結構興奮しちゃって眠れなかったしなぁ・・)
結局15日の横アリのチケットはKISS仲間からポールの目の前4列目を譲ってもらい最後の最後に良い思いをさせてもらい、日本公演を存分に楽しんで終えることが出来た。
「KISS来日」というキーワードの元仲間との再会や新しいARMYさんとの出会いの機会が得られ本当に至福のひと時という時間だった。
まぁその後、体調を崩してしまったのは言うまでもないが・・・40前の男のやることじゃないのかもしれんなぁ、と反省しながらそれでも「KISS最高!!」と思わざるえなかった。
当のKISSは日本を去ってすぐライヴが控えていたが伝え聞くニュースでは、日本公演からのトンボ帰り状態ながらもパワフルなステージを展開したようだった。

KISS来日の熱も覚めてきた頃、スタジオオフを今度は東京、大阪じゃない所で・・・という話が持ち上がり、場所が場所だけにあまりおおっぴらにせず半ばシークレットな集まりにしてしまったが、長野まで出向きオールナイトなスタジオを堪能してきた。
こういうパターンもアリだなという実感があったので、また何かの機会で皆で遠征して実施したいなと思った。

6月に入って友人のKISSARMYさんが亡くなったりしてかなりヘコんでしまったりもし、いろいろ考える事も多くKISS自体の動きもそれ程顕著でなかったので、浮かれた気分が完全に吹っ飛んだ自分がいた。
しかしそんな気分のままにしていても逝ってしまった友人が戻るハズもなく、気分を変えていこう・・・とした時に、今度はARMYさんの結婚という今度は一変お祝いムードになっていった。
実はこのARMYさんには「二次会でライヴをやりたい」と相談を受けていたのだ・・・そうKISSである。
ライヴ迄の一ヶ月、メンバーのARMYさんとはメールで緻密?打合せを行い、後は当日の事前のスタジオ入りで音を決めるというスケジュールとなった。
それまでは自分の役割は音効さんとパトライトの手配だった(無論Firehouseやるからね・・・)
ライヴは当事者のKISSARMYさんが最もやりたい曲に絞られ、イベントなどの構成も考えられ次の順になった。
  1. Deuce
  2. Strutter
  3. Ladies Room
  4. Firehouse
  5. Shout It Out Loud
  6. Let Me Go,Rock And Roll
  7. Rock And Roll All Nite
音効さんとしてまず頭に浮かんだのは以下の3つ。それはオープニングSE、Firehouseでパトライトを回すバックに流すサイレンの音、エンディングSEである。
オープニングSEは文句なくWon't Get Fooled Again/The Who、Rock The Nation、Bad Motor Scooter/Montroseで決まり!!ここまで来たら、オープニングの低いうねるベース?音も再現せねば・・・とベースを引っ張り出して「さて、どの音だ?」と探そうとしたら、半音落としの4弦開放でした(^_^;;。この音をサスティーンが利いている間だけ録音して、PC上で左右に位相を振ったり強弱つけたのを切ったり貼ったりして3分位のうねり音を完成させた。
エンディングは当然の如くGod Gaveに決まりなんでPLAYボタン押してすぐ始まるように頭の空白を切って・・さて余韻が欲しいなーと思って、続きにKISSからの切り替えって事もあって、Cheap TrickのSurrender(Live)を入れた。この曲は歌詞にKISSのレコードが出てくるので関係ないワケもないし、映画「DETROIT ROCK CITY」でも少年達がクルマでデトロイトに着く時のワクワクしたシーンで使われていて、大好きなので(昔からだけど)繋げてみた。
さて、問題はサイレンだ・・・・これは表現のしようがない・・・でもネット時代、何かいいものがあるハズ・・・とサイレン関連のサイトをめぐり巡ってようやく使えそうなサイレンの音のサンプルに出会った。
これを繋ぎに繋いで7分位のSEに仕上げた・・・イベントがどれくらいになるか判らんからねぇ・・・(^_^;;;
ということで効果音の準備はバッチリ、後はパトライトだが秋葉原に行ってAC100Vで動く赤色灯を購入。ライヴ後に主賓のARMYさんにあげようと思ったので、木の台座をつけて部屋のオブジェになるよう(?)に加工して、完成。ACの延長コードの途中にスイッチをつけて足元でON/OFFできるように加工し、これはヴォーカル担当のARMYさんにお願いして点けてもらうことで準備万端になった。
こうした前準備を済ませ結婚式当日に金沢!に飛び、小松基地で戦闘機が演習披露?している中スタジオのある町に移動し、メンバーと合流(へんだな、なぜ皆で金沢にいてしかもギター抱えているんだろ?みたいな感じだ)。
久しぶりにこのメンバーで音合わせをするがリハ一発でOKだった。後は細かい段取りとイベントの確認をしていざ本番。少々のトラブルはあったものの、それぞれが楽しくARMYさんの結婚を最高の形でお祝いする事が出来た。
ライヴ後の乾杯の後パトライトの台座にメンバーの寄せ書きをして、プレゼント。この日のライヴは記念にDVDにして皆に渡しました。

こんなイベントはあったもののKISSは??と考えてたらなんとAerosmithとジョイントツアーに出ていました。
この流れは日本に来るのだろうか?といろいろ噂されてはいましたが、ジョイントツアーは12月で終焉を迎えました。
最後のいくつかの公演でAerosmithのJoeがなんとポールのブーツをはいてまさかの競演を果たし皆をびっくりさせました。
KISS本家の来日があった年でしたが自分の周りでもいろいろな事が起き、あっという間に終わってしまった一年でもありました。
実際にはALIVE IVの発売やらあったんだけどね・・・



And Next Time...